望月千代女(もちづきちよめ)「戦国武将・戦国大名」

望月千代女もちづきちよめ

望月千代女
生没年
生没年不詳
家譜
父・不詳、母・不詳
生涯
戦国時代においては主に諜報活動を目的とした忍者が多く存在しており、有力大名になるとお抱えの忍者集団を擁してる事もありました。望月千代女は武田信玄で有名な武田家お抱えの隠密集団である「歩き巫女」の総帥と言われている女性で、甲賀忍者五十三家の筆頭格とも目された甲賀望月氏の出身のくのいちです。

望月千代女は元々、武田信玄の甥にあたる望月盛時にとついでいましたが、盛時は戦国時代屈指の激戦として知られる「川中島の戦い」で戦死した事から、千代女は若くして未亡人となります。
しかし、主君である武田信玄にくのいちとしての力量を買われていた千代女は武田家の隠密集団のひとつであり、女性だけで構成されている「歩き巫女」の教育係に任命されます。

こうして、千代女は戦災孤児や捨て子など、数百人の少女達を集めて、忍として生きていく為の技術や、女性だけの集団である「歩き巫女」ならではの男性を魅了する技などを仕込んでいきます。
「歩き巫女」の修行は厳しいものであった為、脱落者も出たようですが、現在のスパイ同様に忍は多くの機密情報を持っている為、逃げ出したものは例外なく、抹殺されたそうです。

千代女が苦心の末に作り上げた「歩き巫女」のくのいち達は巫女に扮して全国に散らばり、諜報活動などを行って、武田家の勢力拡大に大きく貢献したとされています。
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