井伊直虎(いいなおとら)「戦国武将・戦国大名」

井伊直虎いいなおとら

井伊直虎
生没年
生年不詳~1582年
家譜
父・井伊直盛
母・友椿尼
生涯
井伊直虎は徳川四天王の一人とされている井伊直政(いいなおまさ)の叔母で、直虎という男性名を名乗っていますが、歴史上の記録では女性であった事が分かっており、あえて男性名を名乗ったとされています。

女性である井伊直虎が男性名である直虎を名乗らなければいけなかった原因は父・直盛に男子が生まれなかった事にあります。当初は一族のものを養子に迎えようと考えますが、養子とする予定であった直親(なおちか)が逃亡した事から計画は失敗に終わり、これを受けて、一族内で協議した結果、直系である直虎が当主となるべきという意見でまとまり、それ以降、「井伊次郎直虎」と名乗るようになりました。

元々、井伊家は今川家に属していましたが、今川家には未来がないと判断した直虎は、徳川家康に接近し、家康が遠江へ出兵した際には道案内をするなどして関係を深めていきました。
その後、今川家の当主であった今川氏実(いまがわうじざね)が北条家を頼って落ち延びると、井伊家は徳川家康の傘下に入る事となります。
こうして、徳川家の家臣となった直虎ですが、甥である井伊直政が15歳になると家康に新たな井伊家の当主として紹介し、家督を直政に渡した後はひっそりと暮らし、一生独身のまま、その生涯を終えたそうです。
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