中国地方の武将「戦国時代 Information」

中国地方の武将

中国地方の武将達

このページでは主に中国地方に勢力を誇った大名またはそれに仕えた武将達などをご紹介しています。
中国地方の大名といえば、中国地方の統一を果たした戦国時代屈指の名将であり、三本の矢のエピソードで有名な「毛利元就(もうりもとなり)」がまず、最初にあげられますが、その他にも周防、長門などの強固な地盤を持った平安以来の名門である戦国大名、大内義隆(おおうちよしたか)がいます。この大内家は南北朝時代に本拠を現在の山口県に移して勢力を拡大し、その後の16世紀には明と貿易によって財産を蓄え、この第31代大内家当主である大内義隆の手によって、中国地方と九州地方の北九州に勢力を誇った事で最盛期を迎えました。しかし、この名門大内家も家臣の謀反によって滅亡への道を辿る事となります。

それでは、以下に中国地方の武将達を五十音順で掲載しておりますのでご覧ください。

ア行

カ行

タ行

ヤ行

中国地方の大名として、外せないのが、毛利家の最大のライバルとなった尼子家です。この尼子家は有名な石見銀山を有し、名将、尼子経久(あまごつねひさ)の代には山陰地方を支配下におさめ、11カ国の国人衆を従える大大名へと成長を遂げます。
しかし、この尼子家も晴久(はるひさ)の代になると元就に押され始め、その子、義久(よしひさ)の代に毛利家に降伏した事で滅亡します。
アクセスランキング TOP10